下牛尾

下牛尾の歴史

兵庫県神崎郡市川町、​下牛尾​(しもうしお)。
岡部川の​谷、​滝の​音のと​どく​山あいの村。
​「牛尾」​——上下ふたつに​分かれた、​古い庄の名。​

地名——牛尾庄から、ふたつの村へ

中世、​この​あたりは​「牛尾庄​(うしおのしょう)」と​いう​荘園でした。​はじめは​上下の​区別の​ない​ひとつの​「牛尾村」でしたが、​貞享元年​(1684年)の​領知目録には​上牛尾村・下牛尾村と​して​別々に​記されており、​17世紀の​後半までに​分村したことが​分かります。​谷の​下手に​あたるのが、​下牛尾です。​

江戸時代——姫路藩の下牛尾村

江戸の​ころ、​この​村は​神東郡に​属する​下牛尾村で、​姫路藩の​領地でした。​岡部​川ぞいの​わずかな​平地に​田を​開き、​山とともに​暮らす村でした。​

村の社と滝

村には​三つの​社が​鎮座しています。​石長姫命​(いわなが​ひめのみ​こと)​——長寿を​司ると​いわれる​女神を​まつる​大河内神社。​八幡さまの​廣幡神社。​天満宮とも​呼ばれる​天岩峰神社。​そして​谷の​奥には、​河内仙人滝や​不動の​滝と​いった滝の​ある​ことが、​古い​地誌に​記されています。​水と​岩の​村です。​

明治——瀬加村の大字へ

明治22年​(1889年)、​町村制の​施行に​より、​下牛尾は​上牛尾・上瀬加・下瀬加の​三つの​村とともに​合併し、​瀬加村の​大字と​なりました。​明治29年​(1896年)には​神東郡と​神西郡が​合わさって​神崎郡が​成立。​市川を​境に​東西へ​分かれていた​古い​郡が、​ふたた​びひとつに​戻りました。​

昭和三十年から現在——山あいのにぎわい

昭和30年​(1955年)​7月、​瀬加村は​川辺村・甘地村・鶴居村と​合併して​市川町と​なり、​下牛尾は​その​大字と​して​現在に​続いています。​キャンプや​温泉で​町内外から​人を​集めた​「リフレッシュパーク市川」は、​2026年3月に​その​歴史を​閉じました。​それでも、​滝の​音と、​大ケヤキの​木かげは、​変わらず​この​村に​あります。​